史上最大の不動産投資
景気の頂点見抜き売り抜け
ブラックストーンの歴史で忘れることのできない2つ目の案件は、2007年に手掛けたエクイティ・オフィス・プロパティーズ(EOP)の買収だ。株式を上場するオフィスビルの運営会社で、米国最大の規模を誇っていた。
この投資を紹介する理由は2つある。まず、約390億ドルという史上最大の不動産買収だったことだ。以前の最大はせいぜい100億ドルだ。次に、不動産投資家としての名声を確立した。いずれもブラックストーンらしいディールだ。
EOPを率いていたのは、業界の大物 サム・ゼル だった。買収が持ち込まれたときに強い不安、いや恐怖すら覚えた。景気循環の頂点にあることを知っていたからだ。
人々は資産価格が永遠に上がり続けるものと信じ、分別なく買い漁っていた。バブル崩壊前の典型的な兆しだ。私たちは前年から、価格や収益が景気に連動する資産を手放し、経済変動の影響を受けにくい資産へ入れ替えていた。サムも同じ理由で売ろうとしたに違いない。
EOPの資産は魅力的だった。だがそれらは景気に敏感なオフィスビルだ。買収後に価格が上昇しても、市況が反転すれば下落リスクは急激に高まる。私たちは、そんなリスクを取り除く方法を考え出した。買収直後にEOPの資産を売却してしまうのだ。
この規模だと売却に数カ月かかると誰もが言った。だが私は主張した。「数カ月も抱えたくない。悪いニュースがあれば何も売れなくなる」。そしてこう求めた。「買収したその日に、資産の半分を売却する」
私たちは人をかき集め、2つの班を編成した。EOPの買収班と保有資産を売却する班だ。社内の会議室はすべて押さえた。EOPの買収を交渉している最中も、売却班は不動産を地域ごとのかたまりに分け、全米で買い手を探し、売却交渉を進めた。
不動産には複数の入札者が現れ、徹夜作業は何日も続いた。会議室には汗と出前の臭いが漂っていた。買収が完了した日、190億ドル分を売却する契約を終えていた。
私は全員に3日間の休暇を与えた。そして戻ってくるなり伝えた。「これほど良い価格で売れたのだから、残りの半分、100億ドル分を売ろう」。彼らは驚愕したが、やり切った。一連の取引で、30億~40億ドルの利益を上げた。
不動産バブルは崩壊し、世界は金融危機に突入した。私たちは稼いだが、不動産の買い手は多くが苦境に陥った。
成功したのは景気の頂点を見抜いていたからだ。神秘的な技術ではない。警告のシグナルはいつも同じだ。
金持ちになるなど想像できない人々が突然大金を稼ぐとき、転機は訪れる。彼らは大抵巨額の借金をし、価格がたまたま上昇している資産を買っただけだ。「自分は賢い」と慢心し、売るタイミングを逃して利益は消える。
当時も米国では際限なく借り入れができた。企業の規律は緩んでおり、利払いを先送りできる債券を発行しても投資家が迷わず買っていた。
私たちは、そんな状況を正確に理解していた。巨大なEOP取引以前から、我々の不動産事業の生みの親である ジョン・シュライバー と私は、保守的な本能と危機感を身につけていた。
景気の頂点に立っていることを認識していたからこそ実現できたディールがもう一つある。EOPを買収した同じ年に実施した、新規株式公開(IPO)だ。
初出:日本経済新聞(2026年10月)