17. 起業家精神

18章を読む
すべて表示

私は新しいものを追い求めて生きてきた。その衝動があったからこそ、著名ロックバンドを田舎の高校に招き、男子学生しかいなかったエール大学にバレリーナを招いた。

ブラックストーンは1985年、3つの事業で出発した。今その数は 85 だ。新しい事業を次々と生み出してきた。

私の中にある起業家精神は、米国の歴史と切り離せない。250年前に建国したとき、確立した秩序はなかった。米国人は自ら道を切り開き、生き方を見つけるしかない。

日本や欧州は何千年もかけて社会秩序を築いてきた。それが米国との大きな違いだ。建国時の米国には誰でも来ることができた。だが移民たちは家族以外に頼れる人もいない。米国に向かうこと自体が大きなリスクだった。新天地へ向かう人々は、何が待ち受けるのかも分からないまま、故郷に残る人々から「グッドラック」と声を掛けられて送り出された。

そんな環境で生き延びるには、極めて高い適応能力が欠かせない。私たちの祖先は後に「開拓者精神」と呼ばれるものを育んでいった。

オーストリアから渡ってきた曽祖父を持つ私も、そんな遺伝子を引き継いだ。

エール大学で私は、自室で音楽を聴くステレオが欲しかった。だがステレオは高価だ。私は大学名と購入した学生の名前を印刷した便箋を売ることを思いついた。すべての学生寮の階段を上り下りしながら、一つひとつのドアをノックし、便箋を買ってくれるよう学生たちを口説いた。

私は起業家になろうとしていたわけではない。ただ自室で好きなロックンロールを聴きたかっただけだ。欲しいものがあり、親がお金を出してくれないのであれば、自分で稼ぐ方法を考えればいい。米国では普通の考え方だ。

優れた起業家には、失敗を受け入れる姿勢がある。素早く行動すれば間違いを犯すリスクが生じる。重要なのは失敗の原因を特定し、実行方法や、ときには製品自体を変えられるかどうかだ。学ぶ力を持っていて初めてそれができる。

米国人が得意としていることであり、これも歴史と関係している。米国はあらゆる民族的背景を持つ人々が集まって生まれた。失敗を社会的な烙印に変えてしまうような均質な価値観はそこになかった。

ブラックストーンに「カネを失うな」という格言がある。リスクを受け入れる姿勢と矛盾しているようだが、愚かな失敗を戒めているだけだ。

検討し、やる価値があると確信したなら、うまくいかなくても構わない。失敗は不愉快だが旅の始まりだ。学んで修正すればよく、最初から100%正しい必要はない。

日本は長い歴史の中で、驚くほど高い規律で社会をつくってきた。開拓する広大な土地があった米国とは異なり、日本には耕作可能な土地も限られていた。日本人が米国人と異なるのは当然だ。

私は起業家精神が日本に根付かないと言っているのではない。起業家はそれぞれの土壌に育つものだ。新しいことに挑戦する中国人のような姿勢は、今の日本にこそ必要だ。高い教育水準を持つ日本人には、その潜在力が必ずある。

日本の若者は、盛田昭夫や井深大の名前を知っているだろうか。第2次世界大戦後にソニーを起こし、わずか一世代で世界を席巻する企業に育てた偉大な起業家だ。2人の功績が学校の教科書に載って子どもたちが学べば、起業家の数は間違いなく増える。

初出:日本経済新聞(2026年10月)