世界2位のM&A成功
31歳でパートナーに昇進
リーマン・ブラザーズでのキャリアは、入社6年後の78年、トロピカーナ・プロダクツの売却を担当して飛躍した。オレンジジュースの世界企業だ。下っ端の私が当時世界で2番目の規模と言われたM&A(合併・買収)を手掛けた。
この年の冬、金曜の夜にその連絡は来た。「明朝7時45分までにフロリダの本社へ来られるか?」。私は別案件の出張でシカゴにいた。電話の主はトロピカーナの社長、ケン・バーネベイだった。
同社は食品大手のベアトリス・フーズに売却される。ケンは、どの売却方法が株主にとって最善なのか助言を求めた。詳細は月曜に株式市場が開く前に発表する。
この種の案件はパートナー(共同経営者)が指揮する。ケンにも数カ月前に一度会ったきりだ。私はフロリダへ飛んだ。機内で一つの問いが頭の中をぐるぐる回った。「M&Aってどう進めるんだ?」。管理職でもない私はそんな取引を仕切ったことがない。
あるのは上場企業の財務データを収録した「ストック・ガイド」だけだ。私は数字を読み、トロピカーナの立場で「何を望むのか」と考えた。
吹雪のため着陸したのは午前4時だった。私はモーテルで横になった後、しわだらけの格好で7時半に会社に着いた。仕立ての良いスーツを着こなしたケンが待っていた。
「選択肢は3つだ。9時からの取締役会で、どれを選ぶべきか教えてくれ」。渡された資料には、トロピカーナの株主への売却代金の支払い方法が示されていた。どの案も現金にベアトリスの株などを組み合わせた内容だ。
恐怖で震えた。こんな巨大な案件はやり遂げたことがない。パートナーでもないのにリーマンを代表している。
経営陣に電話しても、たらい回しだ。ようやくナンバー3のボブ・ルービンが助言をくれた。「1はダメだ。2と3はどっちでもいいから自分で決めろ。グッドラック」
取締役会のテーブルの奥には、トロピカーナの創業会長、アンソニー・ロッシが座っていた。イタリア生まれで、映画『ゴッドファーザー』のマーロン・ブランドさながらだった。彼は隣に座るよう私に促し、取締役に告げた。「リーマン・ブラザーズのシュワルツマンさんが、何をすべきか教えてくれる」
何を勧めたのか、もう覚えていない。取締役会は2時間以上続き、4億8800万ドルのディールは決まった。
その晩、私はハーバード時代に結婚したエレンと夕食会に出席する予定だった。忘れていた。電話で平謝りしたが、彼女の怒りは収まらない。
雪は降り続き、帰宅したのは翌午前3時だ。暖炉に火を入れ、ビー・ジーズらの『サタデー・ナイト・フィーバー』をかけ、ブランデーのグラスを眺めながら、信じがたい24時間を振り返った。
私は自信をつけた。あの重圧に耐えた。ケンは、多くのバンカーから一度しか会っていない私に声をかけた理由を「君なら複雑なことをわかりやすく取締役会で説明できると思った」と言ってくれた。
その年、私は31歳にしてパートナーに選ばれた。20世紀を代表するメディア・電子機器企業のRCAをはじめ、大企業の助言を務めた。80年には、ニューヨーク・タイムズが「M&Aの仕掛け人」と題して私の記事を掲載した。
私の報酬は会長と社長に次ぐ社内3位に膨らみ、年長パートナーの反感を買った。リーマン内部の対立と哀れな末路については次回語ろう。
初出:日本経済新聞(2026年10月)